そのくつしたのゴム糸を創り上げた人(笠松和宏さん)

1977年にくつしたのために開発されたゴム糸「NDX」。履き口部分のゴム糸によってくつしたの履き心地は大きく左右され、“選ばれるくつした”になるためにはこのゴム糸が鍵を握っている。
20年ほど前に国内からタイへ工場を移設するプロジェクトに携わり、今でも工場の運営を担っている人物に話を聞いた。
過去から受け継がれてきたものを大事に温め、今も日本とタイの行き来をしながら未来へ託すべく様々な試みに奮闘している。

株式会社ナイガイ　ロンデックス事業部　部長
笠松和宏さん

神奈川県川崎市で生まれ育った笠松さんは、学生生活が終わると同時に親が経営する飲食店で働き始めたそう。

「親の下で働くのはそれなりに大変でしたね。お互い遠慮がないので(笑)。」

その後、外の世界を見てみようと転職を決意。鉄の熱処理会社で配送トラックの運転手として就職し、初めての会社員を経験した。その後、たまたま知り合った人の紹介で、1986年、当時横浜市内でくつしたのゴム糸を独自に生産していたナイガイの子会社へ仕事場を移した。
笠松さんはそのゴム糸の製造現場の一員として、工場という決して快適とは言えない環境で慣れない夜勤もこなしていった。ナイガイの技術者達が開発したこの奇跡のゴム糸と真剣に向き合った。

転機が訪れたのは2000年に入ってから。工場を海外へ移転させることになった時、笠松さんに白羽の矢がたった。タイでの工場立ち上げのメンバーとして選出をされたのだ。その頃笠松さんはゴム糸の生産に加え、機械の設計の管理など、現場ではいなくてならない存在になっていた。

「妻から反対されましたね。家族がバラバラになるなら仕事を辞めて欲しい、と。でも、こんな責任のある仕事につけるチャンスも無い。説得して単身でタイへ渡りました。」

２人の子供は思春期真っ只中。大切な家族と離れて暮らすには多くの葛藤があったことだろう。しかし、自分がいなければ工場の移設は成功できない。それがわかっていたからこそ大きな決断ができた。

タイに渡ってから現地で調達できるものを使いながら、機械を手作りするところから始まった。すぐに日本国内の工場と同じ状況にはなるはずはない。小さなものから大きなものまでトラブルが続き、それを一つ一つ原因を究明し、解決して次へ進む。
当時一緒にタイへ渡った日本人と、現地で知り合ったタイ人の仲間たちと共に毎日コツコツと作業を行った。全員の思いはただ１つ、最高のゴム糸NDXを製造できるように環境を作り上げる。長い時間をかけ、その思いがついに現実のものとなりようやくコンスタントにゴム糸が製造できるようになった。
そしてNDX開発から40年ほど経った今では多くのアパレル企業へゴム糸が供給できるようになったのだ。


改めて自身のこれまでの仕事を振り返ってみて、この工場立ち上げが一番大変だったそう。言葉の壁だけではなく、想像を絶するような苦労と努力があったことが窺える。結果、当初2年程度の滞在予定が、8年半タイで暮らすことになったのだから。

「駐在が決まった頃、子供は中学1年と小学6年生。それが帰国したらもう大学生になってたもんね。」

そして、工場の活動はゴム糸製造だけではなく、現地でも大きな役割を果たすようになった。運動会や学校慰問など、現地の若者達が麻薬などに手を出さないように企業が彼らを守るための活動を行なっている。またCO2排出量の削減の計画など環境対応型の工場を目指して様々な取り組みを始めているのだ。
ゴム糸を作り出すだけではなく現地に根差した工場として成長ができたのもの、笠松さんが長年かけてこの工場と向き合ってきた証拠だ。今後は工業用途で活用できるゴムの開発にも力をいれていくそう。

「月並みですが、何事も前向きに取り組むことを大事にしているんです。」

誠実に目の前のことと地道に向き合った結果、大きな山を積み上げることができた。それでも傲慢にならず謙虚に語る。自分もそういう大人になりたいなぁとしみじみ思った。

笠松さんが好きなくつしたはF&H。秋冬は毎日愛用しているそう。
ゴム糸NDXと、ナイガイ自慢の編み地に工夫を凝らしたビジネスソックス。こんなに多くの人の熱い思いが凝縮されたくつしたは他に無いのでは。
(ちなみに、ビジネスソックスは両足で1gのゴム糸が使われているのだとか。)

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