製作年:昭和27年(1952年)
編機名:フルファッション機(51ゲージ)
糸使い:ナイロン15デニール
今日でも使われているナイロン糸使用のフルファッションストッキング。1935年、米国の化学会社デュポンが、石炭、水、空気から世界で最初の合成繊維「ナイロン」を開発。当初は歯ブラシなどを商品化していたが、1940年5月15日、後にN-DAYと記録されるこの日、全米でナイロンストッキングが発売されセンセーションを巻き起こした。
しかし、1941年には日本との戦争に突入したため、このナイロンストッキングは贅沢品とされ、生産は半減する。ナイロンが軍事目的、パラシュート素材として使われたためであった。
1945年、戦争の終結とともに、この女性の夢ともいえる素肌に近く、美しく、しかも絹に比べて格段に強いストッキングが絹の靴下に取って代わることとなる。
日本では戦後、絹のストッキングの生産も再開されたが、1952年、ナイガイがナイロンを使用したフルファッションストッキングの生産を開始する。
当時、ナイロンストッキングは輸入されてもいたが、1足1,000円と庶民にとっては高嶺の花だった。しかも、うたい文句では細く強いはずが、よく伝線してしまう。このため、街には多くの伝線直し屋が生まれた。料金は1本につき5円だった。
また、トリコット編地を縫製して作ったナイロンストッキングも商品化された。フルファッションに比べて、生地はやや厚いが伝線しないという特徴があり、さらに丈夫で安いこともあって、全盛期にはフルファッションの何倍も出回った。しかし、シームレスストッキングの台頭が始まった1960年頃から少なくなり、1963年にはフルファッションとともに市場から消えていく。